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視点が変わる瞬間(過去からの贈り物)

先月、ひょんなことから約25年ぶりに、ピアノを弾きました

私にとって、ピアノとは…。
5歳~17歳まで習っていました。

楽しく練習していた時期もあったのだろうけれど、本来怠け者の私としては、学校から帰ったら「まずは、ピアノのお稽古」から始まり、それが終わらないと友だちと遊ばせてもらえないという状況がずっと続いていたため、ちょっと億劫だったり、苦痛だったりという記憶のほうが優先されてしまっています。

それと、致命的なのは、手が小さかった
高校生くらいになってくると、ベートーベーンとかショパンを弾くようになってくるんだけれど、何しろ和音をつかむと、親指と人差し指の間が裂けるもしくは、手がつる…。

そんなわけで、ピアノの道は断念したという経緯があります。
なので、何となくピアノには、楽しかった思い出よりも、敗北感だったり、辛かった思い出が先行して残ってしまっています。

おまけに、年に1度くらいは、今日発表会なのに、ぜんぜん練習出来ていなくて、まったく弾けなくて大焦りしている夢を未だに見ます
しかも寝起きに見るもんだから、疲れてぐったりな朝を迎えるわけ。

そんなこんなで、あまりいい思い出がないんだけれど、どういう訳か、心の片隅で、いつかまたピアノを買って弾きたいなぁ…という願望もあり、何だかアンバランスな感覚がそれこそ25年近く続いていたというわけなんです。

…で、先月。
運命の日が、やってきたわけですよ

友人の家に遊びに行ったら、そこには電子ピアノが。
ちょこっと触らせて頂いたら、まったく弾けない
しかも「音感」がずれていて、「ド」が「ド」に聞こえない…。
一瞬で鍵盤から手が離れてしまいました。まさに愕然とした感じ

「アタシ、モウ ピアノヒケナイノカナ…」

かなり悲しい気持ちになる。
でも、ピアノから離れてしばらくおしゃべりをしていたら、どうしても弾きたくなり、ヘッドホンをお借りして、弾いてみた(人さまに聞かせるようなシロモノではないからね

びっくりするほど弾けないんだけれど、もっと(@_@;)したのは、自分の集中力
ヘッドホンをしているから自分の世界に入りやすいのかもしれないけれど、周りでおしゃべりしている声なんてほとんど聞こえずに、一心不乱に楽譜と鍵盤と向き合っていました。

そして、まったく弾けていないのに、ピアノを弾いていると、心がウキウキと楽しくなってくる。

あれっ私、こんなにピアノを楽しいと思って弾いてたっけ?
いや、弾いていたんだろうけれど、この感覚まったく忘れてた

こんなにグダグダなのに、楽しい。
楽しいことって、「上手い」とか「下手」とかじゃないんだ。
上手く出来なくちゃダメとか、成功しなくちゃダメとか、勝たなくちゃダメとか、そんなことどうでもいいんだ
要は、今目の前に直面していること、肩の力を抜いて、楽しんで(集中して)やっているかどうか。ただ、それだけ。

おっ、すごいことに気づかせてくれたぞ。

自分が何を楽しんでいるのか?
よくわからないけれど、時間を忘れて集中してやっていることこそが、最大の「楽しいこと」なのかもしれない。「苦しい」と思っていても、そこに集中していれば、ひそかなる「楽しみ」は見つけられているのかも。

「苦しい」の影に潜んでいる、わずかな「楽しみ」を見つけて行くこと。
それが人生を輝かせるヒントなんだろうな。

少なくとも、今回の「ピアノ」は、私にたくさんの気づきを与えてくれたことに変わりはない。

こうやって、記憶の中に「ネガティブ」に残っているものを少しずつ掘り出して、「」に変えていこう。意外とおもしろそうな、作業だと思いません?




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